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県南スポーツ推進委員地区別研修会
最終更新日:令和元年12月15日
投稿団体
利根町スポーツ推進委員会
活動情報
内容
11月30(土) つくばみらい市 総合体育館において 県南地区(*) スポーツ推進委員研修会が開催されました

  (*)県南地区:県南14市町村

   実技内容:正しいラジオ体操

 138名の スポーツ推進委員が 参加し 正しい ラジオ体操の実技研修が行われました

  1級ラジオ体操指導士の 指導により 1コマずつの 手足や体の 正しい 動きを 再確認しました

   みんなの体操、第1ラジオ体操・第2ラジオ体操について からだに効果的な 手足や体の動かし方を

   研修しました (普段行っているラジオ体操が やや 緩い感がしました  正しいラジオ体操は しっかりと 筋肉を使っていることが 認識

   されました) 

  

参考 (いばらきものしり博士情報より)
「腕を前から上げて、背伸びの運動からぁ」と聞くと、身体が自然に動きだしませんか?これほどまでに、日本人の身体に刻み込まれたラジオ体操。実はこのラジオ体操を作ったのは、茨城県出身の遠山喜一郎(とおやま・きいちろう)その人です。

遠山喜一郎(とおやま・きいちろう)

遠山喜一郎(とおやま・きいちろう)

 

遠山さんは明治42(1909)年に茨城県に生まれました。優れた身体能力で体操競技に打ち込み、昭和11(1936)年に開催されたベルリンオリンピックに日本代表選手として出場。
後に、日本体操協会副会長を務めるとともに日本にいち早く新体操を紹介し、その普及と発展に尽力した人物としても知られています。

遠山さんが作成依頼を受けたのは、戦後のラジオ体操再改訂版(現在のラジオ体操)。再改定版ですから、それ以前に改訂版が存在しました。しかし改訂版は、動作が複雑な上に難しく、ほとんど国民に浸透しなかったため、昭和21(1946)年の放送開始から1年半で中止になってしまいます。そこで、遠山さんをはじめとする原案作成委員たちの、新しいラジオ体操を作るための取り組みが始まりました。

作成に当たって重点を置いたのは、動きの「つなぎ」とリズムの「流れ」。「一度動き出したら、音楽に乗って最後までやりきれるものでなくてはならない」というのが遠山さんの体操理論。それまで日本にはない身体の動きは、作成するのが非常に困難だと思われていました。しかし、戦時中に土浦海軍航空隊予科練で体育教師を務めていた遠山さんは、その時すでにリズム体操を訓練に取り入れていたのです。その経験を生かし、ラジオ体操をたった一人で作り上げました。

そして、昭和26(1951)年5月、ついにラジオ体操の放送が開始されました。その出来映えはあまりにも素晴らしく、アメリカ空軍の大佐から「自分たちの基地でも取り入れたい」と申し入れがあったという逸話が残されています。

ラジオ体操に対する熱意が、終戦直後のGHQをも説得

こうして戦後のラジオ体操は、アメリカ軍からも認められる存在となりましたが、そこに至るまではかなり険しい道のりでした。終戦直後、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領統治下に入ります。しかし、すぐにラジオ体操が中止になったわけではありません。敗戦の日の1週間後には、当然のようにラジオ体操は再開。それほど、日本人の生活に密着した存在となっていたのです。

しかし、それを目にしたGHQ内でラジオ放送を管轄していたCIE(民間情報教育局)は、NHK(日本放送協会)の幹部職員を呼びつけ即刻中止を指示します。なにしろNHKラジオから流れてくる号令に合わせて、約300万人ともいわれる人たちが一斉に同じ動作を行うのです。欧米人にはまったく理解できず、ある意味、恐怖を覚える光景だったのかも知れません。

当時、GHQは「軍国主義的及ビ極端ナル国家主義的イデオロギーノ普及ヲ禁止スルコト」という日本に対する戦後教育を行っていました。ともすると、全体主義的に見えるラジオ体操が禁止されるのは当然のことでもありました。そこで、ラジオ体操関係者らが、「ラジオ体操は気分をさわやかにするもので、争いをなくすには効果的だ」と説得します。実際に連合軍の将校たちの前で体操を見せるなどの努力の結果、ラジオ体操は再開されたのです。

遠山さんも戦後のラジオ体操改訂版が中断したときには、全国の教育委員会を廻り、県民体操や市民体操の制定を求めて奔走しています。上からの統制ではなく、国民が自発的に行う民主主義的な活動であるなら、GHQも規制できないと考えたからです。実際に、遠山さんは茨城県民体操をモデルとして作成。現在も、県内にある多くの小・中学校で取り入れられています。(いばらきもの知り博士/いばらき・もの知り情報はみだし003参照)

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